ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

ジェナ

視線を木々の間から漏れる光の方へと据えて闇の魔術を行使し続けるジェナの表情には鬼気迫るものがあった。

結界を挟んだ目と鼻の先で妹がどのようなものであれ"警鐘が鳴るほどの魔獣"を相手にしているとなれば無理の無いことだろう。

自分に出来るのは一刻も早く魔獣を鎮め動きを止めること、それを理解してはいても、剣と何ががぶつかる音で、シャールの漏らす声で心が揺れる。

他の誰かが言い出した訳ではない、一番確実で被害が少ないはずだと言い出したのはシャール自身、周りの躊躇を余所に『自分に出来ることをするだけ』とそのパートナーにジェナを推した。

レノもアルナも納得はしていないだろうし、送り出すのに抵抗が無い訳が無い、むしろやめさせたいはず、とジェナは思うが、それでもこうするようになってから全体としての被害が減ったのは明らかで、年々増えるシャールの傷にジェナは"代われるものなら代わりたい"と思いながらも"やめたい"と言い出せずにいる。

 

杖を通して魔力を通した大地から足に伝わる魔獣の動きと、シャールの光を頼りに、ジェナは魔獣の五感を奪っていく。

森の中で吹き上がった炎に一瞬にして心臓が冷たくなったように胸の辺りがずんと重くなるが、唇を噛み締めてジェナは最大限に強くかけている魔力が途切れることの無いように改めて意識を集中させる。

魔獣の足が止まったのをきっかけに、ジェナは魔獣の意識を奪いにかかる。

途切れていた光が空へと舞い上がったのを見て、ジェナは安心し、自分がそのまま膝から崩れ落ちるのでは無いかと鋭い爪で大地を強く掴んだ。

「シアンさん、周り照らしてくれる? 近くに誰かしら居るはずだから」

後ろからジェナを見ていたシアンはどこか苦しそうなその声に、すぐに大きな火球を掲げて近くに居た村人を見るや否や大きく手招きをする。

剣や何かを手にしていたくせに一人で魔獣の相手をするシャールと、これほど消耗した様子のジェナを放って置くのか、と村人に微かな反感を抱いていたシアンだったが、すぐにでも戦おうとでもゆうように構えながらも、ジェナの邪魔にならぬように気配を殺していたらしい村人達を見たことで表情に疑問の色が見え隠れしている。

「もう少しだから、ここはもう平気。人数集めて押さえに行ってください」

「分かった。シャ…」

剣を手にしていた村人は続けて何かを言おうとしたが、ジェナに睨まれて口をつぐむと、他の者と目配せをして走ってその場を離れていく。

いつの間にか木々の間から漏れていた光は消えていて、ジェナは手を下ろすことなく魔力をかけ続けているようだったが気を紛らわせようとしているのか、シアンに話しかける。

「貴女達ってあれよね、夏に洞窟で会ったってゆう…」

「ん、あぁ」

そんなことを話している場合だろうか、と思いつつ、シアンはとぎれとぎれに投げ掛けられるジェナの質問に答えていた。

そのうちに森の中をいくつかの光が動くのが見え、しばらくすると空に光が打ち上げられた。

それが合図だったらしくジェナは手を下ろすと杖をその場に投げ出し、何故か張られたままであるはずの結界を擦り抜けるように、シアンを置いて木々の向こうへと駆け出して行った。