シャール
小さい頃から聞いているけれど慣れるものでは無いのだろうか、と湯から上がり服を着る途中でシャールはお腹に響く警鐘の音に走り出した。
上はまだ下着しか身につけていないが、構うつもりはないらしい。
本当なら飛んだ方が速いのだが、長湯で湿っぽくなった翼は少しでも乾かした方がいい、と風を纏って駆けていく。
「シャール!」
向かいから走って来るアルナがいつもの"服"を手にしているのを見てシャールは足を緩めた。
シャールに合わせて向きを変えたアルナに『ありがとう』と言いながら、シャールはその腕から厚地の布の服を取って着込み、その上から鎖帷子を重ねて剣を受けとる。
「気をつけて…」
一瞬足を止めたシャールを抱きしめたアルナは"さぁ!"と促すように離れ、シャールはおおきくひろげた翼で上空へと舞い上がる。
母にも父にも、そしてなにより姉に、大きな負担を強いているのだろうと思うのだが、"何かがある度に傷付く村の皆を見る位なら自分が"とゆう思いは何度怪我をしようと薄れるものではないな、とシャールは似たような事を思っているのだろう幼なじみを思い悲しげな顔をした。
慌ただしい村を空から見下ろし、手にした剣に力を込めることで気を引き締めたシャールだったが、一人で魔獣と対峙するのが怖くない訳でも、どんな相手だろうと制圧出来る力はもちろん、命を落とさない自信がある訳でもない。
きっかけは何だったか、いつもなら考えない事を引き締めたはずの意識のはじで考えつづけていた。
「…居た」
シャールは飛ぶ為の風とは別に目一杯その身に光の魔力を纏って魔獣を見据える。
闇の魔力が感覚を鈍らせるのに対して光の魔力は感覚を引き上げる。
周囲に狂気を撒き散らすような者では無いことは分かるが、気が立っている…もしくは狂気に当てられて我を忘れているのか、結界にぶつかっているとゆうのに前へ進もうとし続けている。
あの調子で体当たりを続けられては結界も長くは持たない、とシャールは急降下して魔獣の意識を自分へと向けるためにいくつもの光球と風を放った。
光球に照らされて浮かび上がった魔獣の身体には大きな傷がいくつもの見え、中には動く度に血を零すものもある。
オーリス等と比べてもずいぶん大きく、森にはなぎ倒された木々も見える。
四足で歩くようだが、身体を持ち上げると前足で光球を、次いで姿を捉えたシャールを叩き落とそうとするように強く振り下ろす。
その振り下ろされた前足を避け、毛で覆われた丸い背中を見下ろしながら"ジェナはもう着いているだろうか"と思ったところで魔獣の周囲が僅かに暗くなる。
シャールは結界と魔獣がつかず離れず出来る限り一定の距離を保つように牽制しつつ、辺りを飛び回り、徐々に鈍くなる魔獣の攻撃を避けつづけていたが、その目はまだシャールを捉えているらしく、顔がシャールを追っている。
「あっ…!」
魔獣の口の中に炎を見ると同時に、それは空に向かって吹き上がり、シャールは身を隠すために辺りを照らしていた光を落とした。