獣人の街 1
洞窟の出口が見えてきた。
空の青と、遥か遠くの山に積もった雪の眩しい白を岩が縁取っている。
一歩進むごとに視界が開けていくが、その様子にシアンは目を見張る。
白く染まった険しい山の連なり、その裾野に広がる広大な森、そして入り組んだ海岸線ときらめく水面。
海から大陸でも一、ニを争う山の頂きまでが一度に視界におさまるこの景色は、山に囲まれた南側とはまた違った迫力がある。
「白い…」
知識としては知っていても、雪を被った山を間近に感じた事は初めてなのか、シアンはそれだけ言って口を開いたまま立ち尽くしていた。
「連れがいるのか」
その声にシアンとカティーナは振り返ったが、シャトの隣に立つ声の主を見上げ、そのまま動かない。
ベストと丈の短いズボンを身につけてはいるが、二メートルに近い体躯は毛で覆われ、長い口吻からは牙が覗いている。
手足などは人と近い形をしているのかもしれないが、明らかに狼の特徴を受け継いでいるのが見て取れた。
「人狼…」
思わずそう口にしたシアンに一歩近付くと、身体を屈め正面から見据えるようにしてそれは口を開く。
「見境無く人を襲おうとゆう者はいない筈だが、街に下りたらその呼び名は避けた方がいい。血の匂いのする君は特にな」
「…あ、すまない」
「私に謝る必要はないさ。自分の為に気をつけてくれればそれで構わない」
その人狼…イマクーティはそう言うと屈むのをやめて振り返り、シャトに向かって呆れた顔で腕組みをする。
「この時間にここにいるんだ、聞こえただろう?」
「はい」
「レイナンは?」
「父は今出かけています。こっちに来るのは少なくとも二、三日あとになると…」
「そうか…まぁ来てしまったものは仕方がない。話は街に向かいながらしよう…」
話が切れたところでシャトがシアンとカティーナを紹介した。
「挨拶が遅れてすまない、私はガーダ。この子の父の友人だ」
ガーダは『早速で悪いが…』と街への道を示す。
街に向かうには足元の崖を一気に下るか、緩い坂を延々と歩くか、とのことだったが、今は崖を下る以外の選択はないらしい。
「オーリスにせせこましく三人で乗るか、ひとりが私の背に乗るか、どうする?」
オーリスに三人で乗るには誰かが誰かを抱きかかえるしかなく、ガーダは背に乗せるならある程度の背丈がある方が好ましいと言う。
結果オーリスにシャトとシアンが、ガーダにカティーナが乗ることになった。
ガーダは屈み、カティーナが乗りやすいようにして待っている。
「失礼します」
触れた背中、ベストと毛に覆われた奥に引き締まった筋肉を感じたらしいカティーナは、何故か身を預けるのを少しためらった。
「しっかり掴まらないと途中で落ちるぞ?」
「あ…すみません、よろしくお願いします」
「行くぞ!」
ガーダが切り立った崖から空中に飛び出し、シアンとシャトを乗せたオーリスも後に続く。
ガーダは足場になる岩の位置を把握しているらしく、立ち止まることなくどんどんと崖を下っていく。
ある程度カティーナの事を気にしてはいるようだったが、岩に足をつく度に衝撃が伝わる。
初めてオーリスの背中に乗ったシアンは、空を飛んでいる事実に驚きながらも周りの景色や感じる風に時々楽しげに声を上げるが、その一方で、ガーダの背から振り落とされないように気を張っているカティーナには景色を楽しむ余裕は無いようだった。