ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

獣人の街 2

崖を下り終え足元が傾斜の緩い岩場になると、走りながらガーダは口を開いた。

「街の北、魔術師共の家の辺りで何かが起きているらしいが、今回の呼び出しには賛成しない者も多かった。原因が魔術師にあるならば、頼るべきは魔術の扱える者だと皆分かっているのだ。ただ長老達が街の魔術師に話をする前に南に遣いを出した。シャト、長老達はお前があの蛇神に話を通してくれるのではないかと期待している」

シャトの表情が曇り、ガーダも眉間にしわを寄せている。

「だから、帰れと言ったのだ。来たのがレイナンならば、正論で正面から斬りかかるくらいはするだろうが、お前は遠慮もするし情を捨てられない、本当ならば連れていきたくなどないのだ」

洞窟の中でシャトが耳を澄ませていたのは風の音の中にガーダの声を聞いたからだったようだ。

シャトの腰に腕を回しているシアンからはシャトの表情は見えないが、ガーダの話に感じた疑問をぶつける。

「洞窟の所で追い返す事も出来たんじゃないのか?」

「洞窟の外に出た時点で、一緒にいた私の仲間がお前達が来たことを街に知らせに行った。シャトに帰れと吠えたことは知らないふりをしてくれているが、もともと狼は群れで生きるもの、姿や生活の形は変わっても序列には逆らえん」

「魔術師が原因だって言ってたけど、具体的に何が起きているのか聞いても構わない?」

「分かっていることはそう多くない。奴らの家に近付くことはしていないが、遠くからでもわかる程酷い腐臭がしている。海の様子もおかしいが、周辺の精霊も消えたり狂ったり、少し離れた土地の精霊は怒りを隠さないようだ。私には精霊の声は聞こえないからこれは聞いた話だがな」

シアンへの対応を見れば、人間とゆうものをまとめて嫌っている訳ではなさそうだと判るが、ガーダの口ぶりから、街の北に住んでいるとゆう魔術師達の事はよく思っていないことが感じられる。

ただ、それが今起きている異変に起因するものなのか、それとも根深い何かがあるのか迄は分からない。

 

流れる景色が岩場から針葉樹の林へと変わっていく。

山の南側の森とは生えている木々や草の種類が違うことが誰の目にも明らかだが、特別変わった所はなさそうに見える、異変が起きている場所まではまだ距離があるらしかった。

それから間もなく、シャトに掴まっていたシアンは顔をあげ、すん、と鼻を鳴らす。

「潮の匂い…もう海が近いのか?」

ガーダはちらとシアンを見たかと思うと片方の口の端を持ち上げ顔を歪ませるようにして笑う。

「なかなか鼻が利くらしいな、まだ少し距離はあるがこの林を抜ければすぐ海だ」

 

オーリスとガーダは休むことなく走りつづけ、だんだんと潮の匂いが強くなってきた。

林が開ける直前でガーダは足を止める。

「さて、ここからは歩いてもらおうか」

ティーナを背負ったままあれだけの標高から一気に駆け降り、ここまで走りつづけたにも関わらず、ガーダは少し息があがっているだけで大して疲れを感じさせない。

「シャトと私はこのまま長老達の所へ行くが、君達はどうする?」

木々の間からは建物の陰とその向こうに広がる海が覗いている。

「一緒に来ても構わないし、街を歩くなら案内役をつけよう」

「私はお邪魔でないなら一緒に行かせていただきたいです」

ティーナの答えにガーダは頷き、シアンを見る。

「お偉方の集まりなんだったら私はあまり行きたくはないんだけど…?」

シアンはガーダに向かってそう言うと、シャトの顔を見た。

堅苦しい場は苦手だが必要があればついていく、とゆう事らしい。

「私は大丈夫ですから、街を案内してもらってください」

シャトは微笑み、何かを取りだしたいのか、ごそごそとローブの中でリュックを探る。

しばらくかかったが、シャトは朱い飾りのついた首飾りを取り出し、それをそのままシアンに差し出した。

「これ、見えるように下げていてください」

「つけてればいいの? これ何?」

首飾りを受けとったシアンの質問にシャトの代わりにガーダが答える。

「街で認めた客人の証といったところだ。見ない顔でも、少しはましな扱いが受けられるだろう」

「そっか、ありがとう。何かあったらすぐに呼んでくれていいからな」

シアンは笑顔を見せると何を思ったかシャトの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。

シャトは驚いたのか一瞬固まったが、ぱちくりと何度かまばたきを繰り返し、小さな声で『はい』と答え、いつもの困ったような笑顔を見せる。

その様子にガーダは何か不思議なものを見たといったような顔をしたが、何かを思い返すように空を見上げ、ふっと微笑んだ。