魔神の棲む山 9
西の山に日が沈み、辺りは薄暗くなっている。
崖を降り、シャトの家へと戻った一行を、シャトの父親を除く住人一同が出迎えた。
クラーナ、大叔父夫妻、クラーナの従姉、そして一人の男の子。
大叔父は銀髪と白く光るような瞳で、それ以外はほぼ、髪も瞳も黒か灰色の、獣遣いの一族ならではとゆう光景だったが、その端に並ぶ男の子だけは、薄青く輝く髪に、同じ青と橙の左右で異なる色の瞳を持っていた。
「待ってたのよ! 食事できてるわ、さぁどうぞ!!」
クラーナの明るい声に促され、三人は並んだ席にそれぞれ座る。
「こんなに奥まった土地までよく来たね。この土地でとれたものばかりだが、存分に食べておくれ」
大叔父の挨拶にシアンとカティーナは頭を下げ、笑顔で応える。
「突然お邪魔したにも関わらず、暖かく迎えて頂きありがとうございます。私はシアンといいます」
「カティーナです」
二人の名乗りに続き、クラーナが残りの四人を紹介し、『挨拶はあとでもいいわ!』
とそれぞれに飲み物を回す。
「新しい友人に!」
大叔父の掛け声で皆がグラスを掲げ、明るい雰囲気で食事が始まった。
テーブル一杯に並んだ色とりどりの料理をクラーナと従姉が中心になって、シアンとカティーナが遠慮する暇も与えず、目の前のお皿にきれいに取り分けていく。
「お口に合うといいのだけれど」
「よそってからでなんだけど、苦手なものがあったら言ってね」
いつの間にか大叔母も加わり、賑やかだ。
「飲み物もいろいろあるから」
「お酒飲める?」
「デザートも用意してあるの!」
どちらかといえば控えめなシャトとは対照的な三人の女性に、シアンは多少驚きながらもよく食べ、よく飲んだ。
カティーナはシャトや大叔父と会話をしながら、ゆっくりと食事を進めている。
「カティーナさんのご出身はどちらかな?」
「私は別の世界の生まれです。こちらに来て一年…くらいでしょうか」
大叔父は『おや』と目を大きくする。
「幾人か別の世界から来た方を存じ上げていますが、貴方はその方々とは様子が違うようだ」
「シャトさんも仰ってましたが、他の方々とゆうのは?」
「一番近い所で言うと、西の山に棲まわれている方ですね。シャト、少しお話しなさい」
大叔父に促されて、シャトは考えながら話し出す。
「えっと、そうですね、来る途中でお話した魔神さんのことなのですが…ナガコさんとお呼びしています。もうずいぶん長い間この世界にいらっしゃるそうですが、魔神と呼ばれるくらいですから、相応の力をお持ちです」
「魔力の嵐で狂気に飲まれる者も居るくらいです、別の世界から、と聞けば、どれほどの力を持っているのか、と思う者も多いでしょう。今までにそうゆう経験はありませんでしたか?」
「そうですね…驚かれて、何度か、よく生きていたな、と言われましたが、そうゆうことでしょうか? 船が出ることがあるのか、どちらから来た、と言葉を覚えたての頃よく尋ねられました」
大叔父はそこまで聞くと、眉間のあたりにシワを寄せ、くしゃっと楽しげに笑う。
「カティーナさん、それは大方、魔力の海を越えた、では無く単に大陸の外から海を越えてきた、と勘違いされていたのでしょう。まぁもう長い事大陸の外との行き来も無いというし、それでも驚かれる事ではあったかもしれないが」
別の世界から来た、と告げた相手は、言葉を上手く話せるようになった後では、シアンとシャト、そしてここにいるその家族くらいなものだったことに気がついて、カティーナはそれまでの人の驚き方と、シアンの驚き方が違った事に納得した。
「大陸の外との行き来が無いとゆうのは、何故ですか?」
この世界の事も、大陸の事もまだよく知らない。
カティーナはせっかくの機会だと、シャトと大叔父を相手に、この世界のことを尋ねることにした。