ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

祈りの洞窟 7

シーナの打ち出した炎がシャトを襲うか、と思った瞬間、洞窟内を隔てるように天井まで白い壁がたち上がった。

その壁に炎はかき消される。

「っ…! 何なんだよっ!!」

シーナは続けざまに壁に向かって炎を打ち出すが、壁からは時々ぽろぽろと白い塊が転がり落ちるだけで、崩れることは無い。

それでもやめようとしないシーナをヴィートが羽交い締めにする。

「はなして! っ…! はなせっ!!」

 

白い壁を挟んだ反対側、シーナの発する光を受けて壁だけはぼんやりと明るいが、辺りを照らすほどの光量はない。

シャトはリュックやその周辺を探るが、魔石が見つからない。

リュックからこぼれ落ち転がった魔石、それを見つけたオーリスは使い方を知っているのか、魔石に2度、軽く触れる。

「ありがとう」

明かりの中でシャトは言い、傍に横たわったままのアブトスに視線を落とす。

「血は止まったみたい、あとであなたが行きたい所まで送ってあげる。だから、もう少し、待っててくれる?」

洞窟の外へ続く道は目の前だが、シャトはそのまま逃げる気は無いようだった。

「オーリス、この子の事お願いね」

オーリスは心配そうにシャトにすり寄るが、『大丈夫だから』とシャトは笑顔を見せる。

オーリスは小さく鼻を鳴らすと壁際に寄り、アブトスを庇うように身体を屈めた。

シャトは自分を落ち着かせるように深い呼吸を繰り返す。

「大丈夫…」

そう呟き、リュックの中からいくつかの薬包紙や小瓶、大きな針などを取り出し、短剣を手に立ち上がる。

白い壁がシャトのリュックの中へ吸い込まれるようにして消えていった。

 

「なんだ、逃げないんだ…?」

先程までよりは落ち着いた様子のシーナは、ヴィートの腕から逃れると蹴飛ばすようにして距離を取る。

壁の事などもうどうでもいいと思っているのか、それを気にする様子はなく、シャトに強い視線を向けている。

ヴィートは苦い顔をしているが、止めることを諦めたのか、その場から動かない。

「それ、闘う気で持ってるんだよね?」

シーナはシャトの手の中の短剣を顎で示して問いかける。

「争う事は嫌いです。でも、傷つける人はもっと嫌いです」

「生意気!!」

シーナはまたナイフを手にするとシャトに向かって勢いよく放った。

同時にシャトが走り出し、明らかに何もない空中を足場に飛び上がり、ナイフを避けてシーナの背後にふわりと降りる。

魔力を扱えないはずのシャトのその動きに、シーナは驚きながらも、続けて小さな火球をいくつも打ち出す。

シャトは距離を取ることで火球を避け、手甲の内側に納めていた針を取り出しシーナのナイフ同様に放つ。

が、シーナは簡単に避け、距離を詰める。

 

ヴィートはどちらかが危なくなったら、助けに入るつもりで身構えていた。

本当は追い剥ぎも、戦闘も、誰かが傷つく事も望んでいない。

 

「逃げてばかりっ!!」

シーナはナイフを放つと同時に、逃げ道になりそうな方向に火球を打ち出す。

しかしシャトは逃げる事なく、身を屈め真正面からナイフの軌道に飛び込んでいく。

ナイフの一本が頬をかすめるが、その他のナイフはまるでシャトを避けるかのように逸れていった。

風の無い洞窟の中だとゆうのに、シャトを見つめるオーリスの毛がそよいでいる。

「なっ!」

一瞬怯んだシーナの目の前でシャトは身を翻しシーナの頭上を飛び越した。

花の香りがする…シーナはふと感じた思いを振り切るように、強く頭を振り、シャトの姿を追う。

 

シーナから改めて距離をとったシャトは、短剣を背に掲げ、まるで大剣を持っているかのように振る舞う。

ゆっくりと大きく腕を振るい、切っ先をシーナに向ける。

「いやだ、ヴィート、何で…」

シーナの身体は重く、意識は混濁し始めていた。

シャトは出来る限り声を低く抑えて言う。

「もう、飽き飽きだ」

シャトの視線が僅かの間ヴィートに向く、そして両手で短剣を斜め下に構え直し、シーナに向かって走り出す。

「守ってくれるって言ったのにっ!!!」

シーナの悲鳴にも似た叫び声。

「トリネッ!!」

ヴィートは思わずシーナの本当の名を呼び、ありったけの力を脚に込めシャトの前に飛び込んだ。