ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

祈りの洞窟 3

シーナが手を離すと、シャトは少し何かを考えてから、口を開く。

「私はシャトと言います、あの子はオーリス。よろしくお願いします」

「オーリス…? …確か、白い、って意味だったわね? ぴったりの名前」

シーナは今はあまり使われることの無い言語からの名付けを悩むことなくいい当てるが、それ以上何かを言う事も聞く事もなく、まるで時間が惜しいと思っているかのように話を変える。

「準備する事はある? それとももう出発出来る?」

「今、用意します、少し待ってください…」

シャトは前に抱えたままのリュックに青い石の入った包をしまい、代わりに薄手で軽い革の手甲を取り出して身に着ける。

そして、先に小さな籠の付いた30cm程の棒と、発光の魔術式の刻まれた魔石を取り出して、女将に他の魔石を預けたままだとゆう事に気が付いた。

「あの、私、これしか魔石持ってないんですが、大丈夫でしょうか…?」

「魔石?」

シーナはシャトの手元に視線を落とし、『あぁ』と軽く言って、ひとりで洞窟に向かっていく。

「それ、しまっていいわ。だって、ほら…」

シーナが小さく何かを呟くと、その足元を中心に洞窟の中に光が溢れ始める。

「一応、力は使えるもの」

そう微笑んだシーナの赤い瞳が、怪しく光っていた。

 

洞窟内に入ると外の暑さが嘘のような冷気に包まれる。

シャトは薄手のローブを羽織るが、あとの二人に寒さを気にする気配はない。

「目的の場所がある? それとも何か探し物?」

緩やかに下る道を進みながら、シーナは聞く。

「精霊の、ウズィームの祭壇があると思うんですが、そこと、あとは、泉のようなところがあれば、出来るだけ」

「祭壇は行った事ないけど、場所は分かるわ。泉は、いくつもあるけど…?」

「出来るだけ大きい泉に行きたいんですが…」

「そう、まぁいいわ。とりあえず祭壇に向かいましょう、そこまでにも泉はあるし」

最初の分かれ道を悩むことなく事右に折れ、一行は足を進める。

ヴィートは終始無言で、シーナは当たり障りの無い話をシャトにふり、シャトは会話が途切れない程度に相槌を打つ。

途中、いくつかの泉に寄ったが、シャトの探しているものでは無く、心なしか肩を落としているようだった。

 

祭壇までもうすぐとゆうところに来て、急に空間が広くなり、岩壁から滲み出した水が、大きな泉に滴り落ちている。

シャトは泉に駆け寄り、覗き込むが早いかローブを脱いで、泉の中に手を伸ばす。

泉の底にはあの青い石とよく似た結晶が一面に散らばっているが、手を触れたそれは脆く崩れていく。

眉を寄せ、ため息をつくシャトの後ろでは、シーナが『ここまでくればもういいか』と呟き、腰の後ろに付けていた鞄から、数本の華奢な諸刃のナイフを取り出した。

「ねぇ、その鞄、渡してくれる?」

シャトはふり返り、ゆっくりと立ち上がる。

「渡してくれれば、傷つけたりしないから。痛いの、嫌でしょ?」

空間の入り口はシーナの後ろにある。

反対側の通路は祭壇に続いているはずだが、道はわからない。

そしてシーナから離れれば辺りは完全な闇だ。

 

わざと岩を落としたところから、全ては始まっていた。

魔力は無く、旅慣れているわけでも、装備が揃っているわけでもない、連れているのは大きいだけのただの兎。

いい鴨だとの思いからか、口元は微かに笑っているようだった。