ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

「こちらで井戸をお借りすることはできるでしょうか?」

「お前達、西から来たんだろう。ここに来るまでに水場があったはずだが」

「森の中の水場の事でしょうか? そちらには寄ったのですが、その後道に迷ってしまって…」

「迷った…? この日暮れに何処まで行くつもりだ?」

「この先の知り合いを訪ねます」

シアンのおどおどとした態度はどうやら上辺だけ、目が泳ぐように動いているのは周囲の様子を窺っているからのようで、受け答えにはいつ考えたのか嘘が多分にまじっている。

ティーナは空気を読んだのか、黙り込み、成り行きを見守っていたが、ここに居る男達の姿を見て、何故シアンは街を迂回しなかったのだろうとやや疑問を持っているようだった。

男達はやや高圧的な口調で二人の顔から格好、荷物や下げている剣に視線を走らせたが、嘘には気付かなかったのか後ろの方の二、三人が小声で何か言葉を交わすと、『井戸はこっちだ』と顎で街の奥を示して歩き出す。

「…あの、何かあったのですか? 皆さん、ぴりぴりされているようですが…」

シアンの言葉に男達は苦い顔で顔を見合わせると『いや、何もない』とだけ答え、それからは無言で井戸に向かっていく。

赤土で作られた家々の窓や戸はきっちりと閉ざされ、中に人が居るのかは分からなかったが、街の所々、道から外れた建物の陰には簡易なものながら様々な防具を身につけた男女が見受けられた。

シアンはそれらをちらちらと見ながら、鼻につく油と獣の臭いを嗅ぎ、金属の擦れる音に耳を澄ませると、カティーナを見上げ『井戸が借りられてよかったですね』と何のつもりか微笑むように目を細めたが、その細めた奥でちらっと瞳を動かし、街の奥を見ろと促した。

「そうですね。迷いはしましたがどうにか今日中には着けそうですし」

話を合わせ、それまでの硬い表情を解いて微笑んだカティーナもシアンに倣って細めた目の奥で瞳を動かしたが、何を見ろとゆう事なのかが分からずに見える範囲に出来るだけしっかりと視線を走らせた。

『こっちだ』男達は二人の様子を窺ってはいるようだったが、警戒しているとゆうよりは何かを探ろうとしているらしく、細かな動きにまでは目を配ってはおらず、耳をそばだてるようにして二人のやり取りを聞いている。

「ここまで案内してくださった方にも感謝しなくてはいけませんね」

シアンの言葉にカティーナは言葉に詰まったが、話を合わせろ、とゆう無言の圧力に頷き、微笑んで口を開きかけたところで男の一人がそれを遮った。

「案内? この街に案内した奴が居るのか?」

「ええ、水場で顔を合わせた方だったのですが、その後で偶然迷っていた私達の近くを通りかかったそうで、ここまで」

「どんな奴だった?」

若い獣遣いの方のようでしたが…それが何か?」

シアンの返しに一瞬隣と目配せをした男はそれには答えず『水場で変わったことはなかったか?』と尋ねながら、すぐ先に見える井戸を示して『好きに使うといい』と二人に道を開ける。

「ありがとうございます。…そうですね、変わったこと、と言われても分かりませんが、案内して下さった方が誰かと口論をしていたみたいでしたね」

「口論?」

「えぇ、何か怒鳴っているような声が聞こえて」

「その口論の相手は?」

「さぁ? 帽子を被った後ろ姿を見たくらいで、どんな方だったのかは…」

「その獣遣いの方は?」

若い女性です。パートナーなのか何頭も連れて歩いてらしたので少し驚きましたが、良い方でしたよ。ねぇ?」

ティーナが返事をしながら手と顔を洗い、水筒を取り出した後ろで男達は『知っているか?』『このあたりの獣遣いじゃないだろう』とぼそぼそと話していたが、『少なくともあれとは関係ないだろう』と言ったのを最後の二人の方へと視線を投げた。

「他に必要なものは? 向こうの角に店がある。品揃えはそう良くないが旅に必要なものくらいは売っている」

やや軟化した男達の態度にシアンは『ありがとうございます』と答えたが、出来れば先を急ぎたいから、とカティーナと並んで東に向かう道を尋ねる。

「街の外れまで案内しよう。ついて来るといい」

 

男の一人に案内されて街を抜けた二人だったが、シアンは『このまま街道沿いを行くぞ』とぼそっと口にするとシャトが待っている森へ目を向けることもなく、カティーナと足並みを揃えて東へと向かって行った。