ノクイアケス

ノクイアケスとゆう世界を舞台にした空想小説。

獣人の街 9

二本目は右腕、三本目は腹の下を抜け的確に左の脚の内側を黒く染めた。

走っている雄はまだ矢の当たっていない左腕を隠すような角度で木々の間を縫い、シアンに向かってくる。

徐々に距離がつまり、森を抜けるまでそう時間はかからないだろう。

シアンは相手の動きに呼吸を合わせ矢を放つ。

四本目は雄が軽く避けたが、避けた先、左の手を着いた瞬間に五本目の矢がその手首を襲った。

シアンの弓の腕は確かなもので、相手が避けることまで想定した上で矢を放っているらしい。

これまでに四本が決まり、すでにシアンの負けはない。

はじめから勝ちに興味はなく、シアンはこのまま終わってもいいか、と腰に下げた矢筒に手を伸ばしたところで動きを止めたが、そのシアンに向かって相手は牙を剥き出し迫って来る。

軽く見ていた人間に動きを見透かされた事に苛立ち、動きを止めたことで情けをかけられたと感じたのか、理性を失い逆上して周りが見えていない。

遊びの域を超えたその姿に、周りのイマクーティ達も囃すのをやめざわついている。

森を抜ければシアンまではもう距離がない、雄は強く地を蹴った。

 

しかし、次の瞬間横から飛び出した影が雄の頭を掴み地面に叩きつけ、辺りは静まり返る。

「見苦しいぞ」

シアンに向かってきていた雄を押さえ付けたまま、その耳元で静かに告げたのはガーダだった。

「馬鹿騒ぎはもう終いだ、さあ、皆散ってくれ」

ヒニャをはじめとする雌達がガーダの声に続き他のイマクーティ達を『さぁさぁ!』と追い立てる。

最終的に辺りに残ったのはヒニャ、シアン、ガーダとガーダに押さえ付けられたままの雄、そしてその仲間の数匹だけだった。

「互いに怪我は無いようだし、このことは不問にするが、次に騒ぎを起こしたらその時は…分かっているな?」

雄達はそれまでとは打って変わって萎縮している。

ガーダが立ち上がるとすぐに地面に伏した雄を助け起こし、シアンを見ることもなく、そそくさとその場を離れて行った。

「騒ぎを起こして申し訳ない。…助かった」

シアンを見下ろし、ガーダは厳しい顔をしているが、ため息をつくと静かに口を開く。

「街の者に意味なく怪我をさせたくなかっただけだ」

「…気付いてたのか…。なら、尚更…ありがとうございました」

シアンは口調を改めて頭を下げた。

 

周囲はイマクーティ達に囲まれていたし、避けるにしても脚では敵わない事は分かっている、シアンはあの時自分の矢に手をかけていた。

ただ、向かってくる雄をその矢で止められたとして、周りのイマクーティ達がどうゆう反応を見せるかは分からない。

辺りに炎の壁を作るくらいの余裕は有るが、魔術師を嫌っている者も多いらしいこの街で、さらに異変が起きているとゆう今そんなことをすれば自分だけではなく、シャトやその家族にも迷惑をかけることになるだろう。

ぎりぎりまで躊躇い、矢をつがえようとした時、ガーダが飛び出しシアンを助けたのだった。

 

「礼ならタドリに言ってやれ。タドリが知らせに来なければ間に合わなかっただろうからな」

ガーダはそう言いながら、少しはなれた建物の陰を示す。

そこには申し訳なさそうに身体を縮めるタドリの姿があった。

そちらに向かって歩きはじめたシアンの後ろでは、ヒニャがガーダに頭を下げている。

「騒ぎを止めることも出来ず、申し訳ありません」

「いや、これくらいで済むなら軽い方だろう、気にすることは無い。…シアンといったか…あの子と何か話したか?」

「街や私等のことに興味があるようです。あと、魚を食べるというので少し驚きましたが、きっといい子ですよ」

「そうか…」

 

シアンが近付くが、タドリはその顔を見ることが出来ず、折れるのではと思う程に首を捻りより小さくなる。

「タドリ、ありがとう」

「僕は何もしていません」

「ガーダを呼んで来てくれたんだろ?」

「はじめからガーダさん、シアンさんのこと探していました。それに僕、シアンさんのこと置いて…」

シアンは突然タドリの鼻先を掴むと自分の方を向かせ、その顔をじっと見つめている。

その行動に驚きタドリは目を丸くしたまま、怒られるのではと固まったが、シアンはしばらくして手を離すと、にっと笑ってみせた。

「ありがとう」

シアンはそれだけ言うとガーダの方へと戻っていく。

予想外の出来事に思考が追いついていないのか、タドリは固まったままだった。

ガーダはシアンに事情を話し、ひとりで突っ立っているタドリに声をかける。

「タドリ!! お前も来い、場合によっては精霊のところまで行くことになる」

「はっ、はいっ!」

タドリが飛び上がるように返事をすると、ガーダはシアンを肩に担いだ。

いきなり担がれシアンは騒ぐが、ガーダはそれを気にかける事無く走り出す。

そのあとを追うタドリの姿を、ヒニャはどこか心配そうに見送っていた。