二人の背中
身体を駆け抜けた衝撃からほどなく、床から跳ね上がる水の飛沫に顔をあげたカティーナが見たのは柔らかな曲線を描く白い肌に痛々しく残る火傷の跡だった。
ついたての倒れた音からやや遅れて、冷たいシャワーを頭からかぶっていた相手が額や頬に髪が張り付いたまま振り返る。
カティーナの姿に気がついたその人、シャトはおびえたような目で左の腕から脇腹そして背中にかけて広がる大きな火傷の跡を隠すように身体を捻るが、代わりにあらわになったものを隠そうとはせず、シャワーにうたれたままただカティーナを見下ろしていた。
「…。…すみません」
火傷を見つめていたカティーナの目は、それが見えなくなると身体の上を滑るように顔まで上がり、おびえたようなシャトの目に出会ってもすぐには動かず、妙な間を置いたその後ではっとしたようにそう言って顔を伏せた。
カティーナ自身、何に対して謝っているのか、と考える余裕もなく、この場をどうしたらいいものだろうと床に視線を落としたままで動かない。
奥からは変わらずに水音が聞こえ、微かに飛沫が飛んでいる。
「…大丈夫ですか?」
しばらくすると、やや硬く、普段と同じとは言いきれないシャトの声が聞こえ、カティーナは微かに頷いたあとで『タオルが…』とぼそっと口にした。
「タオルなら左の棚のまわしの中です」
「…えっ…あ、はい。ありがとうございます」
カティーナは壁際に寄ると小さな棚に手をかけ、深い呼吸のあとで立ち上がろうと力をいれる。
そこからはシャトの姿は見えないが、続いていたシャワーの音が止まり、ぱしゃと水をはねあげる足音に続いてついたてが起こされたらしいかたんとゆう音が聞こえる。
「私、もう出ますから、シャワー、浴びられそうなら…」
「…いえ、今は、戻ります」
どうにか立ち上がったカティーナは、ゆっくりとタオルの入っているとゆう棚まで壁伝いに歩き、タオルを取り出すとそのまま部屋をあとにする。
扉の閉まる音でその場にしゃがみ込んだシャトは何故か音のもれるような荒い息をしながら左の肩に触れ、無意識なのか強く爪を立てて目を閉じる。
一際強く食い込んだ薬指の爪の先は水でにじんだ血の赤で縁取られていた。
カティーナの方も閉めた扉に寄り掛かりへなへなと座り込んで頭を抱えたが、他から聞こえて来る足音に気を取り直すと壁を頼って立ち上がり、時間をかけて階段を上がっていく。
自分の部屋についたカティーナはベッドに倒れ込むとしばらくそのまま身じろぎ一つせずにいた。
風に煽られた片方の窓が大きな音を立てて閉じたのをきっかけに、重そうな身体を起こしたカティーナは、改めて窓を閉め、ゆっくりとした動作でカーテンを引く。
そして絞られたままの明かりを頼りに扉に近付くと鍵をかけ、湿ったローブをベッドに脱ぎ捨てる。
ローブの下に普段履いているズボンは何故か身につけておらず、続けて脱いだシャツの下、背中を覆うように巻かれていた包帯はずり下がったようにお腹の周りにぐしゃっと溜まっていて、カティーナは苦い顔をしながらそれを解きにかかった。
包帯がずれてあらわになったその背中には、細かな羽毛に縁取られた二つの傷跡が並んでいるが、薄明かりの中で鏡に映った自分の姿を見たカティーナはぎりと歯がみをし、まるで先ほどのシャトのように身体を捻って鏡にその背を向けると、今度は表情なく、淡々と包帯を解いていった。